Vol.28 明日に向かって

 


月に一回、いではくが飲み屋さんで軽く酒とつまみをやりながらテーマに沿った話をする 「酒と話」。新シリーズ『自分の中のヒット曲たち』の5曲目です!!

"作詞生活50数年。600曲以上を作ってきた中で、売れなかった曲の方が圧倒的に多い。だけど、(売れなくても)作者として「良い歌が書けた」と思う歌がたくさんある。いつかはそういう自分が気に入っている歌だけを集めて、例えばLP盤など形にして、もう一度世に問いたいと思ってる。それが俺の作詞家としての集大成 "


明日に向かって 歌:チェリッシュ 作曲:遠藤実 1994年 / ビクター

 いつも5月のGW明けになると思い出すことがあって、それは大阪の堺に本社があるエクセルヒューマン*という会社のこと。今ではEHグループ企業になったんだけど、まだそんなに大きな商いをしていない30年以上前にそこのオーナーとお付き合いが始まって、会社のイメージソングを作って欲しいという依頼をもらって、その作詞を俺がやり、遠藤先生*が作曲をするということになった。

 お付き合いが始まったばかりの頃、ゴルフ大会に誘われた。5月15日がその会社オーナーの誕生日で、会社設立日でもあるんで、毎年この日に創業祭として社員や取引先を招いて盛大な2日間のゴルフコンペをやっていたの。
 それに初めて招待された時、他の用事があって1日目のゴルフが終わった後にパーティー会場であるゴルフ場のクラブハウスに入ったの。その時にね、床にビニールシートが敷かれていて、「なんでこんな事してるんだろう?」って思ってたら、理由は宴会が進んでいったらわかった。
 初日のゴルフの成績を最下位から発表していくんだけど、名前を呼ばれたらコップ1杯のビールを飲んで一言いって終わりみたいな感じで進むのさ。会社が若い人ばっかりで飲む量が半端じゃないもんだから、上位になると酒のグラスがどんどん大きくなって最後は丼で飲まされるんだよ。で、粗相をしてゴルフ場に迷惑をかけないために、床にビニールシートを敷いていたって訳。*30年以上前のエピソードです そのくらいすごい宴会というか表彰式だった。今じゃありえないけど(笑)。そんな光景をつぶさに見てきたもんだから、社のイメージソングの依頼がきた時に「若さ」を全面的に出した歌詞にしようと思った。


 この会社にはものすごい勢いやエネルギーがあって将来性を感じたんで、「明日に向かって」というタイトルにして、やっぱりこれからの会社なんでチャレンジングな歌詞にしようと、今まで歌謡曲では絶対に使わなかったようなフレーズを入れた。例えば「あなたは発展途上人」とか、歌の冒頭は「若さがあれば何も恐れるものはないんだ」ということから始めて、仕事でミスしたり、失恋したりして精神的に落ち込んだ時もその酒を飲むシーンを思い出して「酒を浴びれば治る傷」とか、普通に飲むんじゃなくて、”浴びる”程飲むんだよ。そんなことを入れて仕上げた。”歌謡曲的でない歌詞”というコンセプトで作った歌はほとんどないんで、自分の中では忘れ難い歌。

 この歌は会社のイメージソングとして作られた歌だけど、一般の人が聴いて違和感のある歌詞ではないんで、シングルとして発売された。



 余談だけど、歌う人を誰にするかという段になった時に、遠藤先生がチェリッシュ*を使いたいと言ったの。なんでかっていうと、遠藤先生が奈良市へ講演に行った時、チェリッシュのエッちゃんがたまたま同じ旅館に先生が泊まってるのを知って、挨拶にきてくれたのよ。そしたら、遠藤先生は「あの子は全然仕事の付き合いもないのに、わざわざ挨拶にきてくれた」ってえらい感激して、それで何かあったらチェリッシュを仕事で使いたいという気持ちがずっとあって、起用が決まったというわけ。ちょっとした心づかいで縁ができるし、面白いよね、世の中は。

第29回は『青春のポケット』です。お楽しみに!


*エクセルヒューマン 創業60年の製造小売企業 HP:https://www.eh.com/

*遠藤実 歌謡界を代表する作曲家の一人

*チェリッシュ 松崎好孝松崎悦子夫婦デュオ 代表曲:てんとう虫のサンバ など


【いではく プロフィール】
作詞家。1941年、長野県南牧村生まれ。早稲田大学商学部卒。
主な作品:「北国の春」(千昌夫)「すきま風」(杉良太郎)「早春情歌」(小林旭)「さっそく振込みありがとう」(順弘子)「昭和流れ歌」(森進一)など。
JASRAC第16代会長(任期:2016〜2022年)


今月のお店:丸富水産  西荻窪店



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